みかわ ただのりの日記

使用上の注意を正しく守って、個人の感想であり、まあ落ち着こう。 http://xap.hatenablog.com/entry/2015/11/01/211243

僕が教師を見限った理由

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今回のこの事件に限らず、こういった教師、学校側の無責任論的な事件はたびたび発生する。
こんな事件を見聞きするたびに思い出す出来事がある。
今日は、そんな僕の思い出話につきあってもらいたい。

 

小学校の頃の話だ。
貧乏だった実家には漫画とか本とか、そういった類のものが少なく、読み物といえば新聞か辞書か貧乏なのに何故かあった「アポロ大百科」とかいう百科事典だった。
そんな環境で小さいころから本好きだった僕は、必然的にこの三種のどれかを読んでいた。
が、新聞は難しい漢字ばっかでたいして面白い事も書いてないので、大抵は辞書かアポロ。
とはいえ、アポロも無駄に重くて腕力のない子供には棚から出したりするのも面倒で、必然的に辞書ばかり読んでいた。

お気に入りは国語辞典とことわざ辞典だった。
そんなわけで、小学校に入るまでに読み書き、辞書の引き方とある程度の漢字の読み書きは出来ていたような気がする。
近所のヒトたちや、保育園の先生、親も皆が「この子はすごい」等と言ってくれる為、とっても気持ちが良かった。
まあ、子供の頃には誰にでもある、プチ神童体験だ。

小学校に入っても、読んだり書いたりが大好きで、特に小学一年、二年の頃は詩や作文をよく書いていた。
毎日提出する事になっていた日記にそれらを書いていたのだが、当時の担任教師ヨシダ先生が、いつも花丸と楽しいコメントを添えてくれ、それが嬉しくて更に書くといういい感じのスパイラルを形成していた。

おかげで、この頃は学校や県などで行われる作文コンクールみたいなものに、よく出品され何度か賞も貰ってたりしていた。
でも、僕にとっては賞で貰う金色の紙や賞状なんかより、ヨシダ先生から添えられる朱色のペンで書かれたコメントの方が何倍も嬉しかった。

小学二年の頃、親が建てた念願のマイホームというやつに引っ越す事になった。
新居は、それまで住んでいた貸家から少し離れたところにあり学区も変わってしまう。
ヨシダ先生とも保育園の頃から一緒だった友達とも、お別れだという事がとても悲しかった。
日記の最後には「毎日、楽しい日記をありがとう。新しい学校でも楽しい日記を書いてね。  ヨシダ」と書かれていた。
帰り道、線路下を通る地下道でそれを読んでシクシクと泣いた。


新しい学校の担任教師のササヅカ先生は、ヨシダ先生とは大違いで、いつも眉間にシワを寄せてヒステリックに怒ってばっかりいるようなおばさん教師だった。
一度ササヅカ先生が給食の余ったご飯をオニギリにして数人に配ったのだが、そのオニギリから化粧品だか香水の匂いがプンプンしてて気持ち悪くなり吐き出してしまった。
それ以来、何かにつけ僕はササヅカ先生から疎まれる存在になってしまった。

その学校でも毎日、日記の提出があった。僕はここが腕の見せ所とばかりに、ガンガン書いた。
が、返ってくる日記には、担任のササヅカ先生の判子が押してあるだけで、花丸もコメントも無かった。
いくら書いても、どんなに書いても、無表情な判子しか返ってこなかった。

ある日の国語の時間、ササヅカ先生は、おもむろに黒板に何かを書き出した。
はじめは何を書いているのか判らなかった。他の生徒も皆、一様に首をかしげていた。
が、暫くして僕だけが、何を書かれているかに気づいた。

どうやら、それは、僕の日記らしかった。

とうとう、この先生も僕の日記に凄さに気づいたかな、とワクワクして見守った。

ササヅカ先生は黒板に全て書き終えると、こう言った
「これは、ある人の日記です。この文には悪い点が沢山あります。今日の授業は、皆さんでこの日記の悪い点を直していきましょう」

え?

その日の授業は、まさに針のムシロだった。
同級生は誰の日記かも知らないので、容赦なく問題点を指摘する。
ササヅカ先生も、おかしな言い回し等を見つけては冗談交じりに指摘する。

顔の見えない奴を攻撃する人の容赦なさは本当に恐ろしかった。
僕ひとり何も言えず、黙って黒板にかかれた日記が校正されていく様を見ていた。

その日から、僕は日記には作文も詩も書かなくなった。
皆にあれだけ指摘されるようなものを、今まで、得意げに、馬鹿みたいに、意気揚々と書いていたかと思うと恥ずかしくて書く気になれなかった。
本当は日記自体提出したくはなかったが提出しないと怒られるので、毎日「今日は○○があった。楽しかった。」程度のまさに小並感な事だけを書いて過ごした。
何を書いても無表情な判子しか返ってこなかったから日記はどんどんテキトーになった。

そのうち、そんな無意味な日記の提出も億劫になり文を書く事自体が嫌いになった。
四年生くらいから日記提出の義務もなくなり、それ以来文を書く機会は殆ど無くなった。

今思えば、あのササヅカ女史のあの授業はとんでもねえ公開処刑だったと思う。
何年も経ってから、この事を親に話した際、親はなぜその時に話さなかったんだと驚いていた。
親や当時の同級生に聞いても、ササカ先生の評判は決して悪いものではなかったのだ。
だからこそ、僕はひとり誰にも言えずに、むしろ自分が悪かったものとしてずっと抱え込んでいたのだ。
「教師が間違えるはずがない」
という盲信があったからだ。

中学生になり、そんなササヅカ先生との縁も切れた。

吹奏楽部に入った僕は日々、部活動に勤しんでいた。
僕の中学校の吹奏楽部は県でもかなり強豪として知られ、全国大会にもたびたび出場するようなところだった。
小学校から楽器をやってきた生徒達がレギュラーのしのぎを削るような熾烈な部だった。
中学から楽器を触ったクチの僕はもちろんマイ楽器など持っていないし、どうせ素人なのだからなんでもいいやと人気があったパートには行かず、閑古鳥の鳴くバスパートを希望した。
新入生自分から希望して来た事に歓喜した熊のようなでかい先輩から熱烈な歓迎を受け、早くから楽器を触らせてもらい且つマンツーマンの指導を日々享受した僕は、中学二年の時点でレギュラー入りを果たした。
楽しくてしょうがなかった。

そんな僕を疎んでいるヤツがいた。
同級生のナカシマだ。
先輩が美人だからという邪な理由でパーカッションに入った男だった。
が、彼は全くもってリズム感がなかった。
二年になり、すぐに新入生からその座を蹴落とされ補欠になったナカシマは、毎日練習をサボり素行の悪い連中と遊んでいた。
バスとパーカッションは同じリズムパートなのと、楽器がでかい為移動が困難な理由から、いつも一緒に音楽室でパート練習をしていた関係上、僕はナカシマによく注意していた。
ナカシマにとっては、そんな僕はムカツク存在だったのだろう。

そんなナカシマが何事かをやらかした。
何をやらかしたのか僕は未だにわからない。

ただ突然、職員室に呼び出されたのだ。
何もわからず職員室に行くと、僕の嫌いな数学教師ホンダが鬼のような形相で立っており、その足元にナカシマが正座していた。
ホンダは四歳離れた兄の担任教師でもあり、数学が得意だった兄をとても気に入っていた教師だった。
それゆえ、数学が不得意だった僕にはなにかにつけて「兄貴と違っておまえはダメだな」と言う奴だった。
また沸点が低く、すぐに暴力を奮うことでも有名な教師だった。
当時は今よりも教師に対し寛容で、実力があれば多少の教師の暴力は許されていた。
が、そういった言動と何かあると暴力で解決しようというホンダの性根が僕は嫌いだった。

僕が職員室に入ると、数学教師は「ナカシマはもう帰れ」といってナカシマを職員室から出した。
「おいミカワ、そこ正座しろや」
まるでヤクザだ。
「なんで呼ばれたのかわからないんですが」
「黙って座れやあ!!!」
いきなりの恫喝。ホンダの色彩の薄い三白眼の瞳孔が更に小さくなって見えた。
こいつは逆らわない方がいいかなと思いその場に正座すると、いきなりぶっ飛ばされた。
何が起こったのかわからなかったし、なんで殴られたのかもわからなかった。
その後、こちらは何一つ言葉を発しないまま殴られ蹴られ、髪の毛を掴んで振り回された。
ただ、ホンダ正気じゃねえな、と思った。

周りの教師も、恐怖の為か遠巻きに見てるだけで誰一人止めに入らなかった。
顔面を殴られたら楽器が吹けなくなると思い、とにかく顔を腕でかばっていた。

この状況を助けてくれたは、熊先輩を始めとした吹奏楽部の男子先輩達だった。
いつまでも職員室から帰ってこない僕と、ホンダからの呼び出しに不安を感じ職員室に様子を見に来てくれたらしい。
ホンダの前に立ち、「ミカワがこんなんなるまでの事、なんかしたんスか?」と聞く身長180超えの先輩達にホンダも興を削がれたのか「ナカシマと一緒だったんじゃねえのか」と始めて何かを聞いてきた。
「呼び出されるまで音楽室で練習してましたけど」
「俺らも一緒なんで間違いないスよ」
ホンダは急にバツが悪くなったのか「やってねえならさっさと言えや!もういい帰れ!」と大声で追い返された。
あとで知ったのだが、熊先輩を含め吹奏楽部の男子先輩達は皆、元柔道部だったらしい。
なんでそんな人達が吹奏楽部に居るのかは謎である。

その一件以来、僕は教師を信用するのをやめた。
もちろん、非常に熱心で生徒思いな教師や学校は存在する。
むしろ、そういった情熱を持った教師、学校の方が僕は大多数だと信じている。
と、同時にどうしようもないクソな教師だって集団である以上、一定数存在するのも事実だ。

「教師」というだけで、その人間の人格まで信用してはいけない。
人間である以上、間違いは犯すのだと。

 

 

だから、この意見には大賛成である。

そもそも、教師に期待しすぎなのである。
仕事である以上、その責任範囲を明確にすべきなのだ。
賃金以上のもの、必要以上のものを課すこと自体がナンセンスなんだと、僕も思う。
お互いのシアワセの為に。

以上、よろしくお願いします。

 

 

※一部、初出「2006年05月26日さくぶんをかくこと。 | xapの日記 | スラド」より転載、加筆、修正。